PHP研究所
篠田桃紅
2016年9月20日初版発行 B6判・254頁 本体1,000円+税
『その日の墨』の感想文にも書いたが、
書家らしい、余白の美しさに唸る随筆集。
染付けの軸の筆は指に冷たい。
“あらたま”(本文p.62)
もう二十五年も昔、詩人の三好達治氏から頂いたもので、
毛は幾度も植え替えたが、大事に使ってきて私と共に古びた。
この最後の一文、“私と共に古びた”。
数十年の時間と、その間に起きたことを
一瞬で想起させて、しかもまとわりつかずに
一瞬で消えていく。
私が生まれる少し前、今から四十数年前に
この随筆が書かれた。その頃桃紅さんは
六十代中盤ぐらいだったはずだが、
私がその年頃に追いついても、この一文は書けない。
生まれ変わっても書けないだろう。
“身のまわり”という章があって、そこには
ほんとうに身の回りの、日々の生活に根差した
徒然が書いてあるが、階段の話などは
建築を生業にする身にとっても嘆息させられ、
いつ読んでも襟を正させられる一編。
美しく、気高く、孤高に、そうとしか
生きられなくて美術家として生きたことが
はっきりとわかる一冊である。