ムーミン谷のひみつの言葉

筑摩書房
冨原眞弓
2014年5月15日 第4刷発行 四六判・272頁 本体1,600円+税

とにかくまず、本書のひとつめのエピソードで
度肝を抜かれる方が多いと思う。

トーベ・ヤンソンが最初に書いたのは小説作品のムーミンで、
少し遅れて別途、新聞漫画として連載が始まった。
(トーベはもともと画家だったので自分で絵も描けた。)
日本にも同じ流れで入ってきたが、広く知られるに至った
一番の契機はアニメーション化されたことだった。

「世界名作劇場」という番組枠があった。
名の通り世界の名作小説をアニメ化して、ハイジや
ラスカル、フランダースの犬などを広く知らしめた。
この枠が最初期はカルピスまんが劇場と名乗っていて、
その2作品目がムーミンだったらしい。
1969年のことである。生まれる前のこととはいえ、
全然知らなかった。

ハイジやラスカルも、絵柄は脳裏にハッキリと浮かぶが
あらすじを言えと言われても無理である。
それと同じように、ムーミンという物語の存在や、
主人公のムーミントロールやリトルミィ、
スナフキンやニョロニョロといったキャラクターを
なんなら絵に描けるぐらいに好きだが、
ストーリーをちゃんと知って覚えているかというと
正直、わからない。
まさかこんな背景だったとは、と愕然とする。

新聞漫画は、読者が大人が主だから物語も大人向けで、
ストーリーも台詞もちょっと苦みがある。
イギリスの夕刊紙イブニング・ニューズの連載も
それが受けて大人気になったという。

トーベ・ヤンソンという人は、きちんと絵も学んだ
画家でありながら、近所の子どもに怖い話を聞かせて
震え上がらせるのが得意な、お茶目な語り部でもあった。
キャラクタービジネスで一発当てようと
ムーミンという大ヒットキャラクターを生んだ、
というわけではなく、子どもの頃の落書きが
ルーツなのだそう。
物語を作ることこそが彼女の本質で、
描く・書く・語るが彼女の中ではおなじことだった、
とあとがきにある。

確かに、本書に出てくるような苦みは
文章だけで読ませるとただのえぐみになりかねない。
一見可愛いキャラクターに、それだけではない苦みを
持たせることで物語は深くなり、人の心に残る。
トーベ自身がそういうふうに物語を“描ける”人だったから、
ムーミンはここまで世界中に広がったのだろう。

いろんな意味で、“可愛いカバ”ではけっしてないのである。