饒舌抄

中央公論新社
吉田五十八
2016年11月25日初版発行 文庫判・336頁 本体1,100円+税

吉田五十八、建築家。
太田胃散の創業者・太田信義の五男として、
明治中期の1894年に生まれる。
父親が58歳のときの子なので五十八と名付けられた。
大正・昭和前期にかけて、近代数寄屋の完成者として
多数の建築を設計した。

その後に戦災や震災に遭った時代でもあり、
都市計画が大きく変わる地域の建築が多いだけに、
現存しないものがとても多いのが本当に残念である。
数少ない現存する木造住宅のうち、
東京・世田谷区の旧猪俣邸庭園には何度行ったか
もう覚えていないぐらいに見学に行った。

管理するNPO法人の方に案内を請うたこともあるし
勝手に見させた頂いたことも多いが、
どんな季節のどんな時間帯でも、心地よく寛ぐことができた。
建築物のディテールがよく考えられて美しい。
過剰に装飾的でなく、かと言って殺風景ともまた違う。

暮らしに根差して使いやすく、
見飽きない美しさも兼ね備えて骨太に作られていて、
空間はいつも静かで穏やかな建築なのである。

なぜこういう風に作れるのか、と、通い始めた頃は
ずいぶん考えこんだものだったが、なんのことはない、
考え方の基本は、本書にハッキリ書いてあった。
設計の秘密でもなんでもなく、建築を考えるときには
使う人、住む人をよく見聞きして知って、
それに合わせてきちんと作るのだ、ということだけである。

茶室建築が出来た昔だって、ガラスやタイルがあったら
千利休だってこれは便利だと言って使ったに違いない、
と本書にも書いてある。
その一方で彼は、木割や寸法感覚には実に詳しい。
※木割:建物の各部材の寸法や組合せを比例で決めること。
パッと見て美しい空間の構成部材は、たいてい比率が
一定の範囲の中に収まる。

ひところ、歌舞伎俳優の発言で
「型がある人がそれを破るから型破り。
 型がないのはただのかたなし」
と上手いことを言って流行っていた。
吉田五十八は、日本の古くからの建築について、
実地に基づく広く深い知識を持っていた。
その裏打ちがあるからこそ、あとは住む人使う人の
個性特性に合わせて考えていけば自然と、
住みよい家が美しく出来上がる、という考えなのだ。

モノの知識だけをカタログのように覚えるより
大事な本質がよくわかり、腑に落ちる。
建築に関わる人も、これから家を建てる人も、
一度は読んでおいた方が良いと強く思う。
せめて最初の2章だけでも。