昭和声優列伝

駒草出版
勝田久
2017年2月24日 初版発行 A5判・336頁 本体2,200円+税

個人的には、声優と言えば塩沢兼人である。
某潜入アクションゲームと某SF大河アニメの
落ち着いて抑揚を抑えた声と発声の虜になった。
スネークもオーベルシュタインも格好良くて、
よく台詞を真似たものだった。
マ・クベより上記の2者のほうが私は好きである。

吹き替えで言えば野沢那智。
アル・パチーノもブルース・ウィリスも
顔や表情やキャラクターにぴったりで良かったが、
ドン・ジョンソンのナッシュ・ブリッジスが
話し方も含めて本当にその人っぽくて好きだった。
あまりこの件で話が合う人がいないので
まあ措いておくけれども。

野沢那智の思い出で言えば、英・グラナダテレビ制作、
ジェレミー・ブレットがホームズを演じた大傑作ドラマ
シャーロック・ホームズの冒険シリーズのうち、
アベ農園(ドラマでのタイトルは“修道院屋敷”)の
犯人役で出ていたことも印象深い。
話の内容の切なさも相俟って、とても良かった。

自慢ではなく、この辺はいちいち調べなくても覚えている。
子供の頃の印象はそれほどに強いというのもあるが、
もうひとつには声優さんたちの役作りの凄さ、
ということもあるのだと思う。

間の取り方、呼吸の仕方、感情の出し方伝え方、
画面内の俳優やアニメキャラクターそれぞれの特徴、
本人らしい話し方など、それはもう役作りとしか言えない
徹底したなにかがある。

昔の声優に比べていまの声優さんは技巧に走りすぎ、
声が感情的すぎるように感じる。
感情を伝えるのに、感情的になる必要はない、
ということを、昔の声優さんは肌で知っていたのではないか。

この辺は文章も似ている。
読者より筆者のほうが物語や言い回しに酔ってしまっている、
という感覚が伝わると、途端に読者は冷める。

本書の列伝の、一番目に登場するのは富山敬だが、
彼は満州で生まれて引き揚げて来た人だった。
著者の勝田久も戦前の生まれで、
鉄腕アトムのお茶の水博士役で有名だった人だから
テレビ草創期の人々である。

当然、現代とはコンテンツが全く違って、
ラジオドラマ、海外ドラマなど多種多様だった。
選んではいられない、というのも実情だったろう。
映像技術も今ほどではなかったから、
声のほうで伝える必要性、伝わる力というのも
現代よりウェイトが大きかったのかも知れない。

古い昔の話がすべて悪いことなわけではない。
声優さんは早逝する方が多いと聞く。
現に塩沢兼人が40代、富山敬も50代で亡くなっている。
勝田さんは90代まで頑張って、昔のことをこうやって
残してくれたが、他の方々も、若い人たちに
面白さと難しさを伝えていってくれると良い。
どの世界でも同じことだが。