ちびくろ・さんぼ(3巻セット)

瑞雲舎
ヘレン・バンナーマン
2005年4月15日初版発行 16.5x21cm・32頁 本体3,000円+税

椰子の木の下で、トラがぐるぐる回ってバターになる、
というお話の筋立ては、私などもそうだが
ある一定の年齢より上の人たちはみな、
記憶に残っているのではないか。

子供むけの読み物が、常に物理的に正しいとは限らない。
トラが溶けてバターになる、というのは
物理的にはあり得ないが、子供の心に深く響く
おもしろい出来事なのは間違いない。

その後に続く物語があったことは
すっかり記憶から抜け落ちていた。
その発見もまたおもしろい。

ちびくろサンボは、ご存じの方も多いように
1988年12月12日に一度絶版になった。
当時過熱した差別語規制の渦中での処置だった。

このあたりのことは、インターネット上に
詳しく書いてくれている人もいるので
ご興味のある方は検索して読んでみてほしい。
考えさせられる内容であることは間違いない。

そもそも、作者のバンナーマンによる初版が
刊行されたのは1899年、イギリスでのことだが、
すぐにアメリカで、多くの海賊版が作られたそうである。
19世紀末から20世紀初頭のことで、当時は
世界全体に共通する著作権の協定もなかった。
(厳密に言えば現在でも完全とは言えない)

そういう中で、これは有名な話だが
バンナーマン自身はインドを舞台に
ちびくろサンボを書いたが、現在普及している話は
アフリカを想起させるものになっていたり、
さまざまな改変がなされている。

だから良い、というのも、だから悪い、というのも、
後の時代に作品を享受する私たちにとって
正しい姿とは私には思えない。

先述したように「トラがバター」の場面は子供の心に
深く印象づけられる、おもしろい表現である。
そういう「子供が喜ぶ良書である」ということだけで
なんでもOKにしてしまうのもまた違う。

何が差別用語で、どういう経緯でそれが指摘され、
その後に何が起こって、どう捉えられているのか、
後の時代に生きる私たちには調べる方法がちゃんとある。
それを知って考え、今を生きる子供たちに
ちゃんと伝えることが、私たちにはできる。
ちゃんと考える手がかりとして見ても、
この作品はいまも受け継がれていく価値がある。

差別語や著作権の話だけでなく、
本来はバターではなくギー(インドのバターのようなもの)
だったり、最後はホットケーキを食べたのではなく
インドの薄いパンケーキのようなものだったことも、
ちゃんと知ったらとてもおもしろいトピックである。