150年前の科学誌『NATURE』には何が書かれていたのか

ベレ出版 
瀧澤美奈子 
2019年7月25日 初版発行 四六判・296頁 本体1,500円+税 

世界で最も読まれ、最も権威のある学術ジャーナルの
ひとつである科学誌『NATURE』。
査読済みの研究論文が掲載され、近現代の重要な
科学的発見は、多くが『NATURE』で最初に発表された。

X線の発見、核分裂反応、DNAの構造、
プレートテクトニクス、オゾンホールの発見などは
一派にも広く知られる。

科学においてそれほどまでに重要な、権威ある位置を
占めるに至った『NATURE』は、1869年に
イギリスのアマチュア天文家・ロッキャーによって
創刊された。科学者たち・研究機関が創刊したのではない。

19世紀当時、“科学者Scientist”という呼び方はなかった。
科学は、“科学を愛する人々Men of Science”の、
混沌として見える森羅万象の中に法則を見出そうとする
熱心な観察と議論のなかで育まれていった。

そこでは、厳密に細分化された学術的な研究だけでなく、
“ヒトが生きている世界にたくさん存在する疑問”を、
知性を研ぎ澄ませて、皆で共同で解いていく
「誇り高い営み」として認識されていた。

初期の『NATURE』には「カッコウの卵は何色?」という
トピックもあったという。
その法則を理解できても人間の社会生活には影響はなさそうだし、
誰かから報酬が得られるわけでもない。
それでも、疑問に対する答えを見出そうとする、
知性に対する謙虚な真剣さが、熱心な関心を持って
当時の人々から期待されていたのである。

万有引力で有名なニュートンが、友人に送った手紙の
一節として有名になった、

私がかなたを見渡せたのだとしたら、
それは巨人の肩の上に立っていたからです。
If I have seen further it is by standing on sholders of Giants.

という考えは、200年経った世界でも脈々と受け継がれていた。
巨人とは先人の積み重ねた思考と得られた知識であり、
その上に乗っているからこそ、その遥か先の疑問と答えに
容易に目が届くのだ、ということである。

本書に載っている、初期の『NATURE』が取り上げた議論には
誤りを含むものもあるが、それを世界中の様々な立場の人が
議論し、正しかるべき方向を切り拓いていく姿勢が
冒険活劇のように胸を打つ。

「それがナンの役に立つの?」など問うだけ愚かである。
研究と発見は、純粋に研究と発見としてそこにあればよく、
その発見をどう役立てるかは、世界中の人々が共同で考えていくのだ。
誰かが役に立つものを発見してくれる、という姿勢には
知性も存在価値もない、ということを、
前世紀の“Men of Science”たちが教えてくれる。