みすず書房
植田実
2011年6月10日 第一刷発行 四六判・200頁 本体2,600円+税

映画「ハウルの動く城」に出てくる歩く城の中の、
カルシファーがいる部屋から外に出るための扉は、
あちこちにつながっている。
扉の上のほうに4色に分かれたダイヤルがあり、
矢印が付いている。紐を引いて色が変わると、
扉を開けて出る先の街が変わっているのである。
ひとつのドアで、あちこちの街に出られる。
どこでもドアのようでもある。
扉の本質のひとつはこういうことではないか、と
個人的には思っている。
外へ出る、ということは、違う世界に行く、
ということではないか。
ナルニア国物語では、衣装箪笥の中が
異世界への入口だった。
本書「真夜中の庭」でも、最初にそのことが描かれる。
住宅の中の扉が「異世界」を繋ぐものだとまでは言わないが、
個人の部屋、物置、水まわり、それら各部屋の役割と
そこにいるときの自分の気持ち、出入りするときの
心の移り変わり、そういうものがいくつも連なって
家になっている。
大人になると忘れてゆき、扉はただの通過点に
なっていくが、家を建てる段になると
みな突如として思い出すのである。
本は読まないが書斎が欲しいとか、
そこで家事をするでもないが家事室が欲しいとか。
あれは、その役割と部屋が欲しいのではなく、
ちょっとした異世界が欲しいのではないか。
屋根裏部屋を知る子供はずいぶん少なくなったと思うが、
そういう小さな部屋、登り降りできる場所があると
大喜びするのは、異世界への冒険だからではないか。
家は、そういう小さな異世界の集積であったほうが、
楽しいと思う。
そう思いながら設計を続けてきたことを、
本書は支持してくれたように思える。
住まいの手帖と同じ著者、同じ出版社が
同じ体裁で作った本である。
児童文学の案内でありながら、建築の意味を
深く問う本になっている。
家を建てようと思うとき、よく読むべきは
過ぎ去ってゆく流行を追った住宅雑誌ではなく、
この本だろうと思う。