住まいの手帖

みすず書房
植田実
2011年6月10日発行 四六判・200頁 本体2,600円+税

著者の植田実(うえだまこと)は、
建築雑誌の編集者として、建築の世界にいる者は
みな知っている、というぐらいに著名な方である。

かといって本書には、
その取材歴によって生み出された
住宅論の神髄を教えてしんぜよう、
という空気はまったくない。

一篇1,400字足らずの読みやすい分量で、
ご自身の記憶のなかにある住まいの姿を
備忘録のように、問わず語りのように、
静かに綴ってあるだけである。

しかし、あとがきにこう書いてある。
「前もってのテーマもなく、話の順序も考えずに、
じつのところは気まぐれに近い記憶を追いながら、
ただ自分なりにたしかと思える住まいというものの
感触だけを探ってきたつもりだが、
それが住まいの本と認められるのかどうか。
これこそ住まいの本、とこっそり主張したいのでもあるが。」

おっしゃるとおり、それこそが住まいについて考えるとき
本当に必要なことなのである。

「○○(メーカー名)の○○(商品名)という
システムキッチンが欲しい。」
と要望してしまえば、ただモノが手に入るだけである。

「子どもの頃、母が料理している姿を見るのが好きだった。
自分の子どもにも、姿を見せて身近に触れさせたい。」
たとえばそんな記憶からキッチンを考えていけば、
形も使い勝手も見た目も、空間そのものとして
理想に近いものを作っていけるだろう。

子どもの頃の住まいの記憶は、
つまるところ人生の記憶、思い出そのものである。

それを辿る方法が見つからないとき、
本書で植田さんが語る物語は、
必ず道しるべになってくれる。