書物と製本術

みすず書房
野村悠里
2017年2月24日 第一刷発行 A5判・248頁 本体7,500円+税

ルリユールと言えば。
皮の表紙に箔押しや空押しが捺され、
なんなら金属製の鋲や金物が打たれ、
背には本文用紙を綴じるのにかがった糸が
背バンドとしてぽこぽこ出っ張り、
手に持って読めないぐらいデカくて重くて美しい本のこと、
と思っていたがやっぱりちょっと誤解だったようである。

興味のない人には、単に本は“紙を束ねた物”だろうが、
本の作り方はいろいろあって、綴じ方ひとつにも
理由と経緯があり、時代ごとに工夫があり、
形状もけっこう違う。
背バンドが出る製本はヴレ・ネールと言い、
単にひとくくりにルリユールと呼ぶ物ではない。

そもそもルリユールというのが、
製本技法を指すのみならず、製本職人もそう呼ぶ。
フランス語の綴りは違うが発音は同じらしい。
製本が業として成り立ったのが中世なので、
歴史としてもそこから書き始められている。

それ以前は巻物状か板状のものばかりで、
素材も紙に限らず動物の皮、植物の皮、石や粘土など
いまの書物とは形状が全く違う。
保存も大変だったろうし移動も重労働だろうから、
内容を大人数で共有しようったって
そりゃ無理というものである。

紙が生まれて世界中に伝わったときも
知識人はみな喜んだのではないかと想像する。
手で書き写すしかなかった長い時代を経て、
印刷技術が生まれて普及したときには
それに関わる人々の興奮と希望はいかばかりか、
想像するとうらやましいぐらいである。

そして、それが本という形になった。
どんどん、残せる知識、広められる知識が
増えていくのである。
印刷技術が出来て保存の効率は段違いに上がり、
文庫版という作りが生まれて価格も下がり、
本が(つまり知識が)飛躍的に世界中に広まった。
手軽に手に取れることで人々の知識は確実に
底上げされたのである。
科挙や口述教育だけでは、
人類の世界はここまで来られなかっただろう。

手にとれてこそ、形に残ってこそ、持てる知識や
得た知識が深く定着し、発展していくのではないか。
定量的に示せることではないが、
製本の歴史を見ていくとそれは自明で、
電子書籍にはこの効用はない、と感じる。
書物の、製本の歴史は、単なる昔の仕事の話にとどまらない。
間違いなく人類の歴史の大きな部分を背負っている。

もちろん、手に入れて満足する感覚も大事である。
本書を手に取ったら、ぜひカバーを外してほしい。
ほおう…ぐらいの声は出るはずである。