誰のために法は生まれた

朝日出版社
木庭顕
2018年7月25日 初版第一刷発行 四六判・400頁 本体1,850円+税

この本はすごい。
語彙が単純すぎてバカみたいな言い方になるのが
著者にも申し訳ないぐらいだが、
本当に「凄い」の一言がいちばん合う。

著者はローマ法を専門とする法学者。

ローマ法自体が、成文法になるまでにも
何世紀もかかった膨大な法体系である。
古代地中海世界では、ギリシア民族やラテン民族と比べ
際だって合理的だったことで知られるローマ民族が
時代や状況に応じて柔軟に改訂しながら発展し、
現代法の多くの考え方がローマ法に由来しているほどで、
存在としても比類なく重い。

その法を研究する人の本だから、さぞや難しい本だろうと
先入観を持っていたが全く違う。

まずなにしろ、本文が会話調である。
中学生・高校生と一緒に昔の映画や戯曲を視聴し、
そこに出てくる不条理や悲哀を題材にして
法とは、法の理念とはなにか、を解釈していく。

デ・シーカの『自転車泥棒』を観て、
戦後ぐらいのイタリア社会の苦しさとか
そこに生きる市民の悲哀を倫理観で解釈することはあっても、
「法」の概念から観たことはなかった。
だが優れた劇作は、現実社会に生きる人や物事の機微を
浮き彫りにしたように抽出する力を持つから、
それを題材にして「法」というものの本質を考えていく、
というのは考えてみればたいへん合理的なのかもしれない。

法とは倫理と道徳の延長線上にあるものと捉える考え方は、
一部は正しいが一部は間違っている。
たしかに、実際に施行される“法律・法令”に目を向ければ、
少なくない割合で権力者や為政者の都合に合わせて
本来の趣旨から大きくねじ曲げられたものが存在して、
社会構造全体を嘆きたくなる気持ちもわかる。
だが、『法本来の趣旨と意義』はそれらとは全く違う。

どう違うのかはそれこそ解釈によって説明も変わるので
理解するのが難しい。
それゆえか、最近では社会問題や事件について、
判決が気に入らないとネット上でも話題になり、
専門家の解説にも素人が食ってかかり、
法自体が間違っている!みたいな
コメントも増えてお祭り状態になるわけだが、
『法理論』をきちんと理解できていないからこうなる。
法理論が間違っているんだよ、と言いたい向きも
あるだろうが、そういう人にこそ本書を読んでほしい。
何が理解できていないのか、すぐにわかると思う。

そう言えるぐらいに理解しやすく、難解でないのが
本書の『凄い』ところなのだ。
経緯や論理の筋立てが複雑だから難解に見えるかもしれないが、
それは難解なのではなく複雑なだけなので、
図でも書きながら自分なりに順序立てれば
かならず理解できる話なのである。

逆に言えば、『法』というものはそのぐらい単純に、
人間が社会をつくって皆で生きていく中で必要なことに、
ちゃんと根ざして組み立てられてきた、ということなのだ。
法学とは、法曹関係の仕事に就きたい人だけがいじり回すもの、
ではまったくない。
私たちが暮らしている毎日と、完全に地続きなのである。