アムンセンとスコット

朝日新聞出版
本多勝一
2021年12月30日第1刷発行 A6判並製・344頁 990円+税

人類未踏の地は極地を残すのみ、という時代に
「最初の到達者」の栄光を競った冒険家たちの物語。

冒険譚というのはたいてい凄いところに行くので、
残された記録の情景や状況を読むにつけ、
こんな恐ろしいことに挑もうとした冒険者たちの勇気に
気が遠くなるのだが、極地行は極めつきである。

イギリスのスコット隊が南極点に到達し、
それ以前にノルウェーのアムンセン隊が
すでに南極点に到達していたことを知り、
失意のなかを帰還する途中で全滅したのが1912年。

中国では清が滅亡した年だし、
北大西洋でタイタニックが沈没した年である。
映画をご覧になった方なら時代感がわかると思うが、
日本では明治時代のことで、現在のように
高性能な防寒・耐水素材も、保存携行に優れた食料や
道具もなかった。
なにしろ日露戦争から10年も経っていない時代なのだ。

そんな時代に、聞くだに恐ろしい気候環境の極地へ
探検に出かけようという精神がもう、尋常ではない。

そして全滅してゆく過程の間も、自らを律して
誇り高く生きて死ぬことをめざす。
誰も見ていない場所なのに、卑しい真似はするまいと
正しく振る舞うのである。この精神の強さ…

亡くなってから半年経って、ようやく母国の救援隊が
遺体を見つけたとき、スコットから関係者に
宛てた手紙が何通も見つかっている。
もう涙なしには読めない。

もちろん、先に到達したアムンセン隊もまた
偉業を成し遂げるにふさわしい、正確で周到な物資などの準備、
経験を活かした優れた計画、隊員の心理・健康の適切な管理、
実行段階での効率的な運用をきちんと積み重ねて、
正々堂々と競争に勝った。

南極点到達競争の結果が知られた当時は、
特に敗れたスコットの母国イギリスで、
アムンセンを貶めるような言動があったという。
悲しいことではあるが、事実を知らない周囲の人間ほど
そういうことを言うものだし、何よりも現在では
スコットもアムンセンも、日本の白瀬矗も、
世界中の南極探検・観測調査関係者から
敬意を払われているという事実が、
探検家たちの誇り高い精神に応えているようで
胸が詰まる。

著者の得意な厳しい視点で冷静に、
変に物語らしく語ろうとせずに描くからこそ、
この偉大な探検行の意義や探検家の生きた道が
より熱く伝わってくるのだと感じる。
南極なのに熱いというのも妙なものだが。