クラムボンはかぷかぷわらったよ

岩手日報社
澤口たまみ
2021年5月1日 第一刷発行 B6判・282頁 本体1,200円+税

ちょっと浮世離れした舞台や時代の設定、
丁寧だけどどこか超越したような文体、
彼自身はわかるのだろうけど他人にはわからない
単語やオノマトペ、これらで構成された
宮澤賢治が遺したお話は、雲海や霧の景色のように
手では掴めない美しさを持っている。
岩手の風土に合う、ということなのだろう。

しかし、なにしろわかりづらい。

オツベルと象などは小さい頃から好きで
比較的わかりやすいほうの作品だと思うが、
それでも随所に、なんだか含みがあるように感じる。
だいたい、岩手でなんで象なんだ?
話の筋から言えば熊ってわけにもいかなそうだが、
世界観が急に海外の亜熱帯ぽくて、
ちょっと肩透かしを食った気分にもなる。

他の作品も含めて、捉えどころが見つからず
途方に暮れることの多い賢治作品を、
著者・澤口たまみさんは深く読み解いて解釈し、
解説していく。

わからないことを勝手に断定するのではなく、
賢治が生きた当時の時代背景や風習、
作品以外の賢治が遺した言葉(彼は教員でもあった)を
きちんと細かいところまで拾って検証するが、
最後には賢治がこう感じた・思ったのではないかと
推測して解説してある。

文章というものは本質的に、
内容や意味・意義の半分を読者が受け持っている。
読者が読んだものを解釈する(咀嚼してのみこむ)ときに
感情を要素に入れてはいけない決まりはない。
(論文や新聞記事はまた別)
だからこそ、書かれたものを変にねじ曲げないために
読者側にも知識や教養が要るわけだが、
その点で澤口さんの解釈は本当に程が良い、と感じる。

時代も含めた事実に基づく考証と、
聞き知ったエピソードから感じる人柄に基づく推測が、
賢治自身の不思議な人物像によく迫っていて違和感がない。
解説を読んでいて、確かにそう思って書いたのだろうと
随所で思わされるのだ。
よほど丹念に取材なさったのだろうと思う。

賢治の作品のすべてが入っているわけではないが、
これ一冊を読み通してから原書に戻れば、
賢治が見ていて書き残した風景に近づける気がする。

表題の「クラムボンは…」の台詞はあまりにも有名だが、
この作品『やまなし』の節、ぜひ読んでみていただきたい。
岩手ではそこら中にある、山あいの沢の風景が
その場にいるように読めてくると思う。