南極に立った樺太アイヌ 増補新版

青土社
佐藤忠悦
2020年4月10日 第一刷発行 13cm×19cm・104頁 本体1,200円+税

ヤヨマネクㇷ。日本名、山辺安之助。
樺太で生まれたアイヌで、
1910年に出発した白瀬矗の南極探検隊に、
樺太犬の犬橇担当として参加した。

そもそも白瀬矗の探検隊は、
欧米諸国の極地探検に比べて国家の支援が乏しく
最初から最後まで苦境を背負って挑戦せざるを得なかった。
白瀬矗自身の晩年までの不遇は本題ではないので
いつか別の本の感想文で触れたいと思うが、
そのうえ当時の(本当は今でも)アイヌ差別の
酷さを思うと、ヤヨマネクㇷの精神と姿勢は
本当に誇り高く、敬意を持たざるを得ない。

ヤヨマネクㇷは日露戦争にも物資輸送や現地案内、
斥候として参加していて、使役賃金や
のちには褒賞と行賞賜金も受けたが、賜金は
「金を貰うためにロシアと戦ったのではない」と
村に寄付した。

白瀬の南極探検が国家事業ではないから
参加すべきでないと助言する地質学者もいたが、
「昨日承諾し、今日違約したら『やっぱりアイヌだなぁ』と
さげすまれる。それは我慢できない」
と言って決意を変えずに参加した。

「全身から光が差すようだった」と、その様子を
金田一京助が書き残したそうだが、
ヤヨマネクㇷの意志の強さ、勇敢さは、
アイヌであることへの誇りと、
そのアイヌが歩んできた酷烈な歴史を
なんとか明るいほうへ向けたいという悲願に
裏打ちされている。

南極へ向かう航海の途中でも、最初に連れて行った
合計30頭の樺太犬たちも、1頭だけ残してみな斃死する。
やむなく水葬に付したそうだが、そのときの心情は
どんなに想像しても私にはわからないだろう。

読めば読むだけ苦難の人生だったように思うが、
最期まで気高く生き続けた人生にただただ敬服する。
松本十郎、佐々木平次郎、金田一京助など、
同時代の倭人のなかにも、ヤヨマネクㇷを
高く評価したり友誼を持ったりした人がいたことが
わずかな救いだが、そういう人たちとの物語も
もっと知りたいと思う。

大人気のうちに完結した漫画「ゴールデンカムイ」は
明治期の蝦夷(北海道)が舞台で、アイヌもたくさん
登場する。(というか主人公もアイヌ)
当時の過酷だった差別がきちんと描かれていない、
という評価もあったらしい。
作者の意図は知らないが、私はむしろ
アイヌに敬意を払った表現をしたのだ、と感じる。
なにしろキロランケもチカパシもキラウㇱも有古イポㇷ゚テも、
そして主人公アシㇼパも、みんな本当に魅力的だ。
本書を読みながら、ヤヨマネクㇷの顔が
キロちゃんやイポㇷ゚テで想像されて仕方なかった。
ヤヨマネクㇷの気高さは、魅力的に描かれる理由として
充分すぎるほどに充分だろう。

歴史的事実の酷薄さを知る資料なら、たくさんある。
本書も、その筆頭に置くべき一冊だ。