木下杢太郎 荒庭の観察者

平凡社
木下杢太郎
2022年4月20日初版第1刷発行 B6判変形・224頁 本体1,400円+税

「新編百花譜百選」の著者、木下杢太郎の
随筆を編集したもの。

木下杢太郎の本名は太田正雄、皮膚科の医学者で
レジオン・ドヌール勲章まで受けたことは
前にも述べた。

皮膚科の伝染病研究を行っていて、専門はハンセン氏病。
昔は「らい病」などと呼ばれ、近づくだけで伝染するなど
ひどい誤解をもとに患者が差別を受けていたが、
木下は国が推し進めた隔離政策に反対している。

「人は飛べないと言われていたのに飛行機を作り出した。
僕らは必ず治療法を見つけられる。」
と言ってハンセン氏病の根治根絶を信じ、
空襲下でも教鞭を執り続けながら百花譜を描いた。

経歴を知ると、いかにも明治期の剛毅な知識人、
という感じがするが、随筆を読むと印象が変わる。

詩人としては正真正銘の耽美派だったそうで、
美しさということに敏感だったのもあるだろうし、
観察眼の鋭さもあったろうが、
旅行の紀行文でも描写が比喩に満ちている。
章によっては読みづらいぐらいの比喩。

なるほど、多才の人の内面の複雑精緻さが
文章から垣間見られて、百花譜を先に読んだ身には
驚きの連続だった。

自宅の庭はあまり手を入れなかったらしく、
副題の「荒庭の観察者」はてらいでもなかったようである。
センブリやフデリンドウが一年きりしか咲かなかった、
とか、観察は細かいが丹精込めて育てる気は
あまりなかったようである。

思索の深さがそういうところにも顕れているようで、
疲れるが刺激的な本である。