紋の辞典

雷鳥社
波戸場承龍 / 波戸場耀次
2020年12月10日初版第一刷発行 A6判・360頁 本体1,500円+税

我が家の家紋は【丸に剣方喰】である。
小学生になったかならないかの頃、祖母に教わった。
誰かの法事か葬式か、祖母が出して吊るしていた
和装の喪服に付いていて、教えてもらったはずだ。

当時の日常風景などすっかり忘れているのに、
こういうことだけ覚えているのは不思議だ。

その後、「信長の野望」というテレビゲームにはまって
いろいろと調べたが、同じ家紋の著名な戦国武将はいなかった。
子供の頃は残念だったが、今では逆におもしろく思う。
方喰紋自体は2番目に多い家紋だというので、
いろいろ派生したのであろう。

西洋の紋章もおもしろいのだが、如何せん晦渋すぎる。
分家するごとに要素が足されすぎて、
何が何やらわからない。
紋章官という専門職が監理していたぐらいだから、
日本では庶民までが家紋を持っていた、というのとは
事情が違いすぎるのであろう。

その点、家紋は図案自体も簡略で良い。
モチーフも可愛いものがあったりして見飽きない。
丁子紋とか千鳥紋は、本体も可愛いし、
バリエーションが非常に多彩で愉快である。
考えた人が本当に凄いな、と思う。

戦乱の時代に限らず、殿中での交際のためにも
遠目に見やすい必要があったろうし、
現代のようにパソコンもプリンターもないから
手描きだったろうことを思うと、あまり複雑にもできない。
制約の中でよくもここまで、と思う。

本書は解説も面白いし、紋自体の描かれ方も綺麗だが、
なにより紋を描く補助線が大変面白い。
なんとなく描いているのではもちろんなくて、
幾何学的にきちんと円や四角を分割して
美しく見えるバランスで描いているのである。
手で描くとしても、これを見てこう描けば良いのか!と
たいへんに興奮する。

これらは「紋章上繪師(もんしょううわえし)」という
家紋を描く専門職の方が書いている。

著者の「紋章上繪師」波止場さんの2代目が昭和39年、
家紋を色紙に描いて額装する「家紋額」を描いたところ
大当たりしてずいぶん広まったそうだ。
たまに地方の旧家などで見かける額装の家紋絵は
この一家が広めてきたものだということだ。

そういうあたりの周辺の話も、家紋というのは面白い。
読み飽きない教養の一冊である。