身近な植物の賢い生きかた

筑摩書房
稲垣栄洋 著
2023年6月10日第1刷発行 文庫判・224頁 本体780円+税

生殖のために行う受粉を、昆虫を利用して
うまく遂行する花を虫媒花という。
蜜や香りで昆虫を引き寄せ、それを食わせ(採集させ)て
いるうちに昆虫の体に花粉を付け、
別の花に運ばせて受粉する、というやつである。

利用する昆虫によっては、人間にとって
悪臭であるほうが引き寄せやすいから
(人間にとっては)悪臭を放つ、という花もある。
そういうことを知ると、植物も含めた
生き物のありようというのは本当に多様で
奥が深くて面白い、と感じる。

ところが本書を読むと、植物のやることの凄さは
花粉媒介どころの騒ぎではない。
なにしろ、最初の章は「病原菌とのミクロの戦い」である。
人間にとって植物は“自然”と呼ぶ世界の住人であるから、
「病原菌との戦い」という言い方が一瞬だけ
飲み込みづらいが、考えてみれば当たり前である。

体内に入り込んだ病原菌に対して、植物は
活性酸素を作りだして対抗する。
本来的にはあまり体内にあって良い物ではないが、
病気の際には役に立つ。

ニンゲンのように薬を作って打つことはできない植物が
病原菌に対して取る最後の手段は、アポトーシス。
「プログラムされた死」と呼ばれる方法で、
病原菌の入り込んだ細胞と周辺の細胞を死なせ、枯れる。
一部を犠牲にして落とすことで、他の部分を守るのである。

作った活性酸素を排出するために、
こんどは抗酸化物質を生み出して体内を安定化させる。
ヒトと違って植物は、何種類もの抗酸化物質を作れる。
そのひとつ、アントシアニンは、抗酸化と同時に
抗菌作用があり、浸透圧の調整に役立ち、
赤紫色は鳥を引き寄せて生殖に役立ち、
紫外線を吸収してダメージを減らす。
とても高機能で多機能な、優秀な物質である。

こんな凄いものを体内で生み出せるのも、
植物が動けないからである。
動物などのように動ければ、必要な物は摂りに行けばよい。
それができないから自ら生み出すしかない。
生み出すにも水や養分、太陽光も必要で
資源に限りがあるから、できるだけ多機能な物質を
効率よく生むしかないのである。

まったく、タイトルの『賢い生き方』どころではない。
偉大ではないか!!
本質的には【適者生存】を意味する「進化」という言葉が、
動物よりもよほどしっくり来る。

植物、おもしろいのである。