レンブラントの帽子

夏葉社
著 バーナード・マラマッド / 訳 小島信夫、浜本武雄、井上謙治
2010年5月発行 2019年9月30日第5刷 四六判上製・160頁 本体1,600円+税

島田潤一郎さんが夏葉社を立ち上げたのは
「さよならのあとで」を復刊したかったから、
だったそうである。
大変な難産の作品で、発刊されるまでの間に
3冊の本に追い越された。
3冊のうち最初に発刊された本が、本書である。
(その間の事情は「あしたから出版社」にも詳しい)

蛇足だが私事を述べさせて頂くと、
私が本屋をやりたいと思ったのは
この「レンブラントの帽子」を読んだときが最初だった。

はっきりとわかりやすい伏線もないまま、
主人公ともうひとりの人物は
すれ違った感情をこじらせてゆく。
最終的にはっきりとした理由が語られるわけでもない。

だが、人間関係とは得てしてそういうものではないか。
好悪の念も合う合わないも、当事者どころか
当人にもはっきりした理由などわからず、
まして語られることもない。
語りうる感情の動きなど所詮、表面をなでるだけ、
後付けの一般論でしかない、とも思える。

そういう微細な心の揺れが、我がことのように
感じられて、辛くもあり、癒やされもした。

近年は小説でも映画でも、はっきりした伏線と
その回収こそが全てであるような評価が
幅をきかせているという。
率直に言って幼稚だと思う。

本書に収められた三編のような物語は、
難解なのではなくて繊細なのだ。
そういうことがもっと伝わっていくと良い。

本書の装丁は、和田誠さんがデザインした。
訃報が公表された数日後に、
5刷りが出来上がったそうである。