スウィングしなけりゃ意味がない

角川書店
佐藤亜紀
2017年3月2日初版発行 四六判・344頁 本体1,800円+税

先の大戦でアメリカ・イギリスと交戦状態に入った後、
日本国内では英語を「敵性語」と呼んで排斥した。

音楽の分野にも影響は及び、ジャズなどアメリカの影響を
直接的に感じられるような音楽は目の敵にされた。
ドイツ・イタリアとは同盟していたから、
クラシックやオペラなどの音楽はお目こぼしだったそうだ。

町内会や市民団体から発した民間の運動で、
法制化されたものではなかったから、
徹底の度合いも分野によって偏りがあったらしい。
草の根の動きだけに、多分に感情に依存した、
非合理的で粘着的な相互監視だったようである。

現代の田舎(“地方”とはすこし違う)における
息苦しい隣人関係を思い起こさせるから
日本に特有の考え方だったかと思いきや、
戦時中のドイツにもそれはあった。

ヒトラーユーゲント(ヒトラー青少年団)という、
ナチス党による男児の教化組織である。
少年達をナチス的主義主張に画一化して国家に服従させ、
奉仕させようという発想のもと運営された。
ちなみに女子のほうはドイツ女子同盟、略してBDM
(ブント・ドイツェル・メーデル)である。

ナチスは当時のドイツ社会のあらゆることを統制したが、
ジャズ・スウィング音楽も退廃音楽として禁じ、
ヒトラーユーゲントもジャズに対して不快感を表明した。

それに抵抗する動きが、スウィングユーゲント、
スウィングボーイである。
彼らは都市部の中間層の子弟で、その親たちは
ナチス党の支持者として重要視されていたから、
スウィングボーイ達の存在は危険視されていた…

こういったあたりの歴史的事実は、ある程度の断片が
現代にも残っているので知られてはいる。
だが、一般に知られている程度の事実だけでは、
本書の主要な登場人物、スウィングボーイたちの
青春のリアリティは描けない。
その取材量、知識、共感の広さ深さに圧倒される。

スウィングボーイたちの、親世代の考え方とは
大きく隔たった、現代の我々から見れば怜悧だが、
当時の体制側から見れば危険で怠惰な精神性。
ジャズに憧れ、熱狂し、語り合い、踊り明かす、
非生産的で、だからこそ意味のある青春の熱狂。

対照的に濃度を増していく弾圧の闇と、
戦時中の暴力的な埃っぽさとの対比で、
若い彼らの生命が放つ光がまぶしい。

それぞれに際だった個性を持つ登場人物の
極限まで個人的な青春をくっきりと描いたからこそ、
お涙頂戴の愚劣な戦争小説とはまったく違う
重厚な読後感を持たせ得たのだと思う。

まったく、戦争中だろうがなんだろうが、
人間はひとりひとり命を燃やして生きていたのだ。