十七時退勤社
橋本亮二
2019年11月24日 第1刷発行 A5判・84頁 本体1,100円+税
文学フリマ、略して文フリ。
2002年に初めて開催された。
最初の会場は青山ブックセンター本店だったそうで、
ということはあの店の奥の、よくトークイベントなど
行っているスペースだったんだろうか。
最初の規模はだいぶ小さかったようである。
私が初めて文フリに訪れたのは蒲田のでかい建物、
いわゆるコンベンションセンターというような場所だった。
年2回開催していたと思う。
そこで何を買ったかはもう覚えていなくて、
ただ楽しかった記憶だけがある。
文フリの出自は牧歌的なものでは決してなかったはずだが、
回を重ねて場の空気は間違いなく、“文学”というより
“文章とそれに連なる表現や関わる人としての在り方の表明”が
純粋に爆発していて楽しいものになっていた、と感じる。
文学をアカデミックで高尚なものと位置付けて、
実際にはその位置づけそのものよりも
そこに連なる自分もまた高尚なのである、
ということが言いたいだけの“文学関係者”よりは、
文フリの参加者たちのほうがよほど「文化的」に見えた。
その文フリに出るために、橋本さんは笠井さんと一緒に
十七時退勤社を始めた、ということだそうだ。
その時点でもう、けっこう好き、である。
中身はというともう、だいぶ好き、であった。
厳密には憧れを感じる。
本書にあるような、自分の日常を、出来事や風景と
心情や言葉とをきちんと細かく覚えて記録する、
外連味のない文章を書けることに憧れる。
序盤の一章に、MSX2の話が出てくる。
ご存じの方も少ないかもしれないが、
初心者または子ども向けパソコンみたいな位置づけの、
厳密には規格の名前で、いくつかの機種が発売されていた。
私ぐらいの世代の者にとって、これはほとんどゲーム機で、
コンピュータとしては使ったことがないし、
ゲーム機としてもファミコンと同時代だったのが不運だった。
マイナーなゲーム機だったのである。
ゲーム規格のマイナー具合では引けを取らない3DOというのも
もうちょっと後の時代に生まれたのだが、
実は我が家にはそれがあった。
何を遊んだかはほぼ覚えていないし、機械が最後には
どうなったのかも全く記憶がない。
橋本さんは、MSX2が家にあった幼少期をよく覚えていて、
そのことを淡々と綴っているだけなのだが、
読後に深い余韻があるのである。
そこはかとない共感もちゃんとあって、
読み終えてしばらく噛みしめていたくなる。
そういう文章が、橋本さんには書けるのである。
語彙が浅くて申し訳ないのだが、本当に良い本である。
文フリの話でもゲーム機の話でもなく、
そのことが書きたかったのだが、
私にはこういう書き方しかできない。