本を抱えて会いに行く

十七時退勤社
橋本亮二
2020年11月22日 第1刷発行 A5判・108頁 本体1,100円+税

朝日出版社の営業職にして
十七時退勤社・社長の橋本さんが描く日常の物語。

2020年6月から始まる記録は、
コロナ禍においてもっとも皆の気持ちが
ピリピリしていた時期と重なっている。

たしか3月頃に第1波、そのときは全国の
新規陽性者が100人を超えて、愕然としていた。
7月8月あたりの夏頃に第2波。
飲食店に時間短縮営業の要請が出されたのは、
たしか当時は東京だけだったか…

振り返ってみれば感染者の人数も驚くほど少なく、
皆で対策したはずなのに結局、丸三年以上に渡り
消耗し尽くしたことを思えば本当に
予兆に過ぎなかったようにも思える2020年当時、
だけど本当に社会全体が重苦しく緊張していた。

その空気の中で、様々な業種の人が手探りで、
どうにかして営みを続ける道を探っていた。
自分もその一人だっただけに、
橋本さんもそうであったことに勇気を得る。
そういう日常が描いてある。

コロナ禍の時期の話だけではなく、
後半は仕事のこと、ご兄弟のこと、
生きてきた道のことが描かれているが、
他人の人生なのになぜか懐かしく感じる。

誰か一人に向けて、自分自身のことを
むき出しにして伝える描き方が一番伝わる、
と文章の師匠がいつも言っている。

コロナ禍がその不気味さをあらわにした2020年に、
日々を見つめたり、過去を振り返ったりすることは
誰にとっても大事なことだったのではないか。
私もそうしたかったからこそ、この本は、
この文章はこんなに沁みてくるのではないか。

その年のアカデミー賞主要部門を根こそぎ獲得した
『パラサイト 半地下の家族』。
監督のポン・ジュノは、受賞スピーチで
巨匠マーティン・スコセッシの言葉を引いた。
「最も個人的なことが最もクリエイティブなことだ」
本を抱えて人に会いに行く橋本さんの仕事は、
実にクリエイティブである。